2014年12月06日

第23号伝統食列車レポート

  train.jpgふたたびの『7号列車』岩手へ―
    平和と憲法生かした復興
         ・農漁業の再生と食文化の継承を 



【 1日目10/23(木)】


 東京駅でお弁当「江戸エコ行楽重」を積み込みました。このお弁当は、皇居外苑のレストハウスで江戸時代の料理書を参考に開発され、出来るだけ地域の食材を使い「エコクッキング」のアイディアを取り入れて手作りされています。十種類以上の料理とご飯が三段重に盛り込まれ、味噌汁がついています。
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雑穀文化で町おこし(軽米町)

 二戸駅に現地集合した全国からの参加者は、バスで軽米町県北農業研究所へ向かいました。
 「岩手県における雑穀の歴史と雑穀に関する試験研究について」同研究所作物研究室長・高橋好範氏から、スライドを使ったお話を聞きました。
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 雑穀は繊維やミネラルを豊富に含み、雑穀を多く食べている地域に長寿者が多いことを元岩手大学・鷹觜テル教授は追跡調査で明らかにし、「長寿は伝統食にあり」を結論づけました。
 続いて軽米町護穀生産部会会長・川原木賢一氏から「雑穀の無農薬栽培について」伺いました。無農薬・無化学肥料で雑穀を栽培しても、国産の雑穀が15%入っていると「国産」と表示され、外国産は1/5の価格だといいます。14102304.jpg 

 雑穀が健康食品として注目されていますが、一時の健康ブームで終わらせず、雑穀は健康・長寿に結び付く大事な栄養を持った食べ物であることを自覚し、白米に混ぜるなどして日常的に利用していきたいものです。

 バスは軽米の特産品が並ぶ「ミル・みるハウス」を経由、第1日目の郷土食交流会の会場、農村環境改善センターへ到着しました。
 今回軽米町は、町を上げて「列車」を歓迎して下さいました。
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歓迎の挨拶をする山本賢一町長

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「煮しめ」塩蔵したフキやワラビ、根菜、こんにゃく、干ししいたけ、焼き豆腐などを煮しめる滋味あふれる一品

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「なます」ほうりょう大根(在来種)のおろしに、きのこ(あみたけ・かっくい)と食用菊を和えたもの

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軽米ソーラン



【 2日目10/24(金)】


軽米から三陸海岸を南下、山田町へ

 2日目はまず、円子(まるこ)地区にある「えごま油の搾油所」の見学です。医療費のかからない地域づくりと遊休農地解消を目的に生産を増やし、「エゴマオーナー制度」を設けています。
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 バスは軽米を出発三陸沿岸沿いに走り、野田村で「かまどのつきや」の弁当を積み込みました。
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 昼食後は三陸・山田町中央コミュニティーセンターで「きたがわてつコンサート」です。仮設住宅にお住まいの方や「やまだ共生作業所」の皆さんをお迎えして、“復興・憲法・平和”をテーマにてっちゃんの歌と手拍子、会場の歌声が一つになりました。
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 つづいて「福島原発の現況と食生活の問題」について、岩手大学名誉教授・高塚龍之氏の講演です。はじめに種市から駆けつけた岩手県漁民組合・藏徳平組合長が挨拶されました。
 高塚氏は福島原発の現況について、広範囲の海陸が放射能汚染されたことに加え、汚染水流出が進行中であること。大気中に放出された放射性物質は炉心全体の4%程度、ほとんどが原発に残っている。汚染水への対応を一歩間違えば、とてつもない海の汚染を招くと言います。消費者目線での汚染調査と第三機関でのチェック体制の導入と結果を迅速・公平に公表させること。消費者と漁業者の共通の「敵」を忘れず問題の根源に対応をと結びました。
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 2日目の郷土食交流会は、震災で被災した店を再建今年9月に再開したばかりの「魚河岸」で引き受けていただきました。山田町は津波被害が大きく、作り手のお母さんたちも仮設生活のため従来の郷土食交流会の条件が整わなかったためです。



【 3日目10/25(土)】


山田町〜釜石〜一関・大東町へ

 「被災地の取り組みと今後の課題」について、岩手県漁民組合相談役・佐藤照彦氏の講演です。町の基幹産業である漁業が甚大な被害を受け、岩手県漁民組合を結成、漁業の復興に向けて活動しています。岩手漁民の最大の悩みについて佐藤氏は「岩手では定置網業者の利権を守るため、主力魚種の秋サケを漁民に刺し網漁を許可せず、漁獲効率の悪い延縄漁のみ許可していること」だと言い、「弁護士を立てサケ刺し網漁許可申請を県に提出交渉中である」と報告しました。また災害復興住宅の建設の遅れ、入院できる医療機関はゼロなど問題が山積している中、「やまだ共生作業所」を活動拠点に支援活動に日々取り組んでいると話されました。
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 バスは」山田町をあとに釜石市へ。途中鵜住居(うのすまい)地区で下車、防災センターが流され二百人が犠牲になった現地で「釜石に桜を植える会」会長・中川淳氏に被害の実情をお聞きしました。
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釜石市追悼施設で犠牲者のご冥福を祈る


被災地を走る三陸鉄道・南リアス線

 今年4月に全線開通した三陸鉄道・南リアス線に乗り、車内で「釜石大槌郷土料理研究会(代表・前川良子)」の皆さん手作りのお弁当をいただきました。
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「釜石大槌郷土料理研究会(代表・前川良子)」について

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お弁当のおしながき

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山と海のお母さんたちのお弁当

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車内での交流

 7号列車で郷土料理を担当して下さった平田漁協女性部(部長・佐藤美智子)さん達三名も同乗、終点の盛駅には宝来館の岩崎昭子さん(同研究会メンバー)も駆けつけ、狭い駅のホームで集合写真を撮りました。
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 地元の皆さんと熱い交流を交わした後、バスは壊滅的な被災をした陸前高田を通過しました。中川淳氏のガイドで、アパートの4階部分まで津波が来て鉄骨だけ残った5階建ての建物や、かさ上げ工事のために山から土を運ぶベルトコンベアーが林立する状況もしっかり見ることができました。

 

大東町農家レストラン「てご舎」へ到着

 まずは工場長・石川弘行氏の案内で地あぶら工房を見学。郷土食交流会は、交流会を引き受けて下さった岩手県農民連女性部久保田みき子部長の歓迎挨拶で始まりました。

山間の自然の恵み・先人の知恵生かす郷土料理の数々

 作り手は「てご舎」の伊東庚子さんと菊池公代さん
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司会をする石川弘行氏

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「お菜物」

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「ちらし寿し」

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「油焼き」

 「地あぶら工房」で搾った国産なたね油のよさが最大限に発揮された炒め煮の色々。「みそけんちん」は、なたね油でコクたっぷり。手作りしょう油の自然の味わい、「秋の漬物」の種類の多さにも驚きました。

 「先人の知恵」を日頃の暮らしに生かす伊東庚子氏

 第二部は、農家レストラン「てご舎」の代表・伊東庚子氏の、世界に誇る日本食「先人たちに学ぶ」の講演です。
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  「豊かな食は豊かな農から」という先人たちの教えに従い、学校の栄養士を退職後有機農業を始めました。国産ナタネを栽培、仲間と「地あぶら工房」を立ち上げます。自分たちの年代が技を習得伝えないと発酵食品が忘れられると、しようゆ造りを始めて20年余り、農家レストラン「てご舎」で郷土料理を伝える活動をしています。



【 4日目10/26(日)】


先人の教えと「防潮堤」

 列車最終日は「釜石の復興と防潮堤」について、「釜石に桜を植える会」会長・中川淳氏からお話をお聞きしました。22〜23mの津波が漁業集落を襲い、使用限界3年の仮設住宅に70%を越える人々が今だに住んでいます。
 災害の検証なしに打ちだされた八戸(青森県)から福島まで14.5kmの防潮堤を作る計画。世界一を誇った釜石湾の「湾口防波堤」は、完成2年後の3.11でほぼ全壊しました。防波堤に対する過信はなかったか、海が見えていたら逃げられたのになど、疑問を抱き始めた住民達。
 釜石には昭和8年の津波を教訓に、住民が作った避難道路があります。自然への畏敬の念を忘れず、津波がきたら「高いところに逃げろ」が大事だと中川氏は力を込めました。
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「一関のもちの食文化」でしめくくり

 今回の列車最後の昼食は一関市の世嬉一酒造で、「もち本膳」を伝統の作法でいただきました。同社の佐藤晄僖会長より、この地の代表的な郷土食・餅文化の話と「もち食儀礼」を習いながらの食事でした。
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posted by dentousyoku 2014/12/06 | 伝統食列車>第23号ー岩手県軽米・三陸・一関