2015年08月01日

友は去り、ドロボーが来た

 昔むかし、爺が若者の部類に属していた当時、我が家は水田の中の一軒屋で、屋敷の端に70坪ほどの小屋を建ててシイタケのハウス栽培をして暮らしていた。
 シイタケの採集作業中に原木の上に蝮がトグロを巻いていたり、屋敷の山際では毎年2〜3匹の蝮も捕獲したから、餌も充分だったのだろう。田植えの季節には甲子園球場並みに蛙の合唱が夜中まで続く。春には、庭先の水路が雨で増水するとドジョウの群れが遡上していた。
 バブル経済とやらで地価は高騰し、周囲に住宅が増えると、蝮もドジョウも姿を消し、蛙の数も少なくなって蛇の姿も見えなくなった。上の山際に国道のバイパスが建設されるようになった夏のこと、郭公が駅の植木に止まって夜通し鳴いていた。環境の変化を嘆き別れを告げていたのか、それを最後に郭公の声を聞くこともなくなった。

 食物史研究家の足立勇(1901〜1968)の「日本食物史(1931)」によれば、太古の日本について「人類を迎えるには、動植物が豊かでなくてはならぬ。ところが、群島の面積がさほど大きくないにも拘わらず、ここに産する生物、殊に動物の数が甚だ多い。今、有脊椎動物のみについて、日本と世界のそれを大まかに比較してみれば」とあり、当時は世界で約15、220種、日本では(千島・サハリン・台湾も含んでの日本かも知れない)約2、500種で、世界の面積の240分の1の面積に世界の6分の1の脊椎動物が生息し、世界有数の豊かな生物資源を持つ日本の食物史について述べている。
 日本野生生物目録(1995)では脊椎動物は1,199種で絶滅危惧種が110種含まれている、千島・サハリン・台湾を除いた数としても、現在の日本の脊椎動物の数の減少は大きい。経済成長とか言って、生物も棲めない環境をつくり、世界中から食材をかき集め、安いとか便利だとか、マスコミの扇動に乗って喜んでいるが、本当に喜んでいるのは多国籍企業だと気がつかないのだろうか。日本人は何時からそんなおめでたい人種に変心したんだ?
 
 2年ほど前から磯ヒヨドリの雄と親しくなつて、畑を耕しているとどこからともなく近付いて来るようになった。鍬を立てて休憩していると鍬の柄の止まってさえずったり、コガネムシの幼虫が好物らしく、投げてやると屋根の上からでも急降下して食べるまでに遊び相手をしてくれた。いつも、春の繁殖期になると暫くは姿を見せなくなるが、今年は5月近くなっても姿は見えない、5月上旬の或る日、雄ばかりの4羽が縦一列の編隊飛行で姿を見せた、雛の飛行訓練かと思って見ていたが、北西に飛び去ったまま3ヶ月、磯ヒヨドリのすがたは見られなくなった。小鳥の寿命は長くてもせいぜい3〜4年だろうから友は生涯を終えたのか、それとともに息子たちはこの地を見捨てたのかも知れない。
 
 もともと日本で暮らしている動物のいたずらは、ある程度は許す気にもなるし、人間の自業自得でもある。習性もわかるから条件によっては懲らしめることもできる。最も許しがたいのは流行にかぶれて外国の生物を輸入し、自分の手に負えなくなると、はた迷惑を気にも止めず放置する人間だ、罠を仕掛けて捕獲するわけにもいかず、手のうちようが無い。新自由主義か自分本位主義かは知らないが、彼らには良心の咎めが働く能力はないのだろうか。

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 7月、トウモロコシの収穫が近付いた頃襲撃を受けた。カラスかと思ったが、それにしては被害が大きすぎる。畑の外の草むらに持ち出して食べたのもある。調べてみると猫のような足跡があるから、ドロボウ専業のアライグマらしい。

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 誰が輸入したのか、その2世か3世かは知らないが、アメリカ出身だけあって、やることは巨大多国籍企業並みに強欲だ。鱈腹食べた揚句に、トウモロコシの根元から噛み切って隣の畑へ運んで備蓄してある。
 捕獲作戦を練っているうちにアライグマは来なくなった。どこかの西瓜畑でも襲撃しているのか。

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 最近になって、磯ヒヨドリに代わってキジバトが遊びに来るようになった。鳩の仲間でも特に警戒心が強いキジバトはなかなか人間には近付かないが、仕事場の中で遊んだり、洗濯をしている傍で洗濯機の排水を飲んだりする。しかし、茶碗に水を汲んで置いても、警戒して飲まない。

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 何週間かすると、2羽で来るようになった。後から来たのは雄らしいが(外見で雄・雌の判別はできないが鳴き声でわかる)、人間が近付くと逃げる。2〜3回一緒に来たが、雄らしいのは来なくなった。
 臆病者の雄の婚活は失敗に終わったのか。
  
                        2015.8.1(卓)
posted by dentousyoku 2015/08/01 | コラム>ただいま奮闘中