2011年12月23日

学習会 福島原発問題から、ゆく年くる年を考える

学習会 「福島原発問題から、ゆく年くる年を考える 
 ―福島・チェルノブイリ現地調査報告―」 

講師:今中哲二さん(京都大学原子炉実験所助教)


 2011年12月21日(水)大阪市立住まい情報センター研修室にて、当会今年最後の学習会が開かれました。今中哲二さんは、大学院卒業後から原子力利用による危険性・デメリットを明らかにするための研究に従事してこられました。

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今中哲二さんの話に耳を傾ける会場いっぱいの参加者

 日本で原子力発電がスタートして40有余年。日本の原発は必ず地元の反対にあい、安全神話と交付金・雇用の増加などが振りまかれて、反対運動が抑え込まれながら増え続けてきたと今中さんはいいます。
私(今中さん)にとって原発の安全神話が完全になくなったのが1979年のスリーマイル島原発事故で、「原発は安全か危険か」ではなく、「原発はどの程度危険なのか、その危険を我々は受け入れるのか」そういう考え方をしてきた。
 1986年のチェルノブイリ原発事故を20数年追い続けて来て、今回福島の原発事故。今起きていることは周辺30kmで、村や町が消滅する危機に陥っていて、チェルノブイリと同じことだと思っている。放射能の種類や量は若干違うが、地域社会がなくなるのは同じことだ。

 東電・経産省・保安院・原子力安全委のいずれもが「原発事故は起きない」と思っていたという。事故が起きた時どこへどう放射能が流れ、どれくらいの被曝になるか、迅速に予測して防災対策に役立てるはずの「SPEEDI」が、事故直後どこに消えていたのか。後になって、動いていたが何の役にも立たなかったとわかる。政府の中枢もリーダーシップが崩壊していた。大熊町にある「オフサイトセンター」(原子力災害対策センター)には「SPEEDI」に使われるデーターが集まってくるはずが、機能は停止していた。

 日本も放射能と向き合う時代になった。私たちはどこまでの被曝を我慢し受け入れるのか、一般的な答えはない。ただ、自然放射能で年間1ミリシーベルトの被曝、年1ミリシーベルトが我慢の目安の一つであろう。しかし子どもは感受性が大きいので、被曝は少なくすること。
 とにかく、原発はやめにしよう。一度原発を全部止めてみたらいい。それで必要かどうかはっきりするのではないか。何が本当に大事なのか、もう一度考えてみようと今中さんは結びました。
posted by dentousyoku 2011/12/23 | 事務局から>行事レポート